【のんびりオルセー①】印象派前の作品(アカデミーから写実主義まで)

オルセー美術館といえば、ルーヴルに並ぶパリの二大美術館の一つです。美しい作品、記憶に残る作品がたくさんあり、有名作品をスタンプラリーのように回るだけでは勿体ない!今回のパリ滞在では年パス(Carte Blanche)を購入し、各部屋をじっくりと回ることにしました。

オルセーでは部屋ごとのテーマに沿った作品が展示されています。各部屋のテーマと、特に記憶に残った作品の記録です。

1. 1850年台の絵画 アングルとドラクロワ

この時代の二人の対照的な巨匠、アングルとドラクロワにスポットを当てた部屋です。アングルは古典を理想としたデッサン重視の絵を描いた、新古典主義の画家です。一方、ロマン主義に分類されるドラクロワは時事的な出来事や小説もテーマに取り入れ、色彩や躍動感に秀でたダイナミックな絵画を得意としました。

Le Tepidarium, Théodore Chassériau

ここではシャセリオーの『テピダリウム』が気に入りました。シャセリオーはアングルの元で絵画を学びながらも、のちにドラクロワに傾倒した人物で、双方の巨匠からの学びを調和させた作品を描いています。本作はポンペイの遺跡にて感銘を受け、火山灰に埋もれた人々を生き生きと描き出したものです。彼の理想的な人体を思い切り描くためなのか、テーマは女湯。艶めかしい肢体や、こちらを見る甘美な眼差しからは目が離せなくなります。冷静になると、美女が密集して重い思いにセクシーなポーズをしている状況って何??となりますが…。

ところでドラクロワの作品は、虎、ライオン、ピューマなど大型ネコ科動物が大集合でした。猫が好きなのでしょうか?

2. ネオ・グレック

ルネサンス以来、古典は美しさの源泉とされ、さまざまな神話や歴史的事件が絵画の題材にされてきました。しかし1840年台半ばに古典の神や英雄ではなく、ギリシャ・ローマ時代の人々の日常生活に関心を示した「ネオ・グレック」と呼ばれる集団が現れます。

Jeunes Grecs faisant battre des coqs, Léon Gérôme

この部屋ではジェロームの『闘鶏』が気に入りました。噴水のふもとで若い男女が鶏を闘わせています。ほぼ裸の男女が青空の下で堂々と闘鶏するのが日常生活なのかといわれると、疑問符が浮かぶのですが…神話がテーマでないという点で、当時は革新的だったのでしょうか。男性は闘鶏に集中して鶏を前に押しやっていますが、女性は少し後ろに体を引いていて、「やだー、もうやめときなよー」という声が聞こえてきそうな感じです。

3. アカデミーのヌード

16世紀以降、ヌードの絵画は高尚なものとされ、神話や寓意、もしくはエキゾチックなテーマと結び付けられていました。エロティックなヌードも、こうした非日常的なテーマで描かれている限りは許されたのです。19世紀後半でも同様の状況が続き、アレクサンドル・カバネルとウィリアム・ブグローがヌードの作品で有名となりました。

Naissance de Vénus, Alexandre Cabanel (左)
Naissance de Vénus, Bouguereau William (右)

この部屋ではカバネル、ブグロー、両者による『ヴィーナスの誕生』が展示されていました。オルセーの公式サイトの解説では、カバネルの作品において神話はセクシーなヌードを描くための口実でしかないとまで書かれています。たしかに体をひねりながら横になり、ちらりとこちらを覗く視線はだいぶセクシーかも。でも、個人的にはそんなにいやらしい印象はうけませんでした。ヴィーナスのすぐ上のむちむちキューピッドが愛らしくて、空の淡い青、海の深い色もきれいで、「神話だからセーフ!」な雰囲気の説得力をむしろ感じてしまいました。

ブグローの作品からは、より神話の神秘的な雰囲気を感じました。淡い色調や、少しお兄さんなキューピッドたちが落ち着いた雰囲気を醸し出しています。中央のヴィーナスは、髪をかき上げるしぐさや身体をくねらせるポーズはセクシーながらも、美の女神ならこれくらい当然という気がします。

皆さんはどちらの作品が好きですか?

Dante et Virgile, William Bouguereau

もうひとつ目が離せなかったのが、ブグローの『地獄のダンテとウェルギリウス』です。ダンテ『神曲』の地獄の第八圏が舞台で、偽造の罪で地獄に落とされた人々が苦しんでいます。錬金術師のカポッチオが、遺産の横領のため死者に成りすましたジャンニ・スキッキに嚙まれているシーンです。

力強く描かれた身体や、感情をむき出しにした表情、赤と黒のおどろおどろしい色調など、男性ヌードならではの荒々しいオーラに目が釘付けになります。見てはいけないのに目が離せない…絵の左側から争いを見つめるダンテとウェルギリウスのような目つきで、私も絵をじっと見てしまいました。

4. 写実主義

1830年代に始まった写実主義は、1848年のフランス革命の激動の中でさらに勢いを増していきます。厳しい現実を描き出すために、画家たちは当時の社会での日常生活をテーマに絵を描きました。前の世代のロマン主義者が神話や英雄譚をテーマにしていたのとは対照的です。中でも農民の生活を描いたミレーが有名で、名画『落ち穂拾い』もこの部屋に展示されています。

L'Angélus, Jean-François Millet

一番のお気に入りはミレーの『晩鐘』です。原題のAngélusとは聖母マリアの受胎告知を記念する祈りだそうで、お祈りの時間を告げる鐘が鳴ると、農民たちは仕事の手を止めて祈りの言葉を暗唱していました。ミレーは自身の幼年期の祖母の仕草を思い出しながらこの絵を描いたそうです。

私はこの風景を見て、田舎に住む祖母を思い出しました。祖母の家の周りには田や畑が広がっていて、ことあるごとに家族の幸せと健康を祈っておまじないをしてくれたものでした。時代も場所も違うものの、日常生活に根付く人の心はあまり変わらないのかもしれません。遠い世界を描いていたこれまでの絵と比べて、ミレーの絵画では現実の素朴な生活が、優しく忠実に描かれているのを感じました。

5. バルビゾン派

19世紀に自然科学の発達により、人間と自然との関わりも急速に変化していきます。画家たちは人間と自然の新しい調和を描こうとしてきました。バルビゾン村にこうした画家が多く集まったことから、バルビゾン派と呼ばれるそうです。

Labourage nivernais, Rosa Bonheur

ここでは『ニヴェルネ地方の耕作』が目を引きました。あまりにも写実的で、最初は写真が飾られているものと思ってしまいました。牛の口から滴り落ちるヨダレの一滴や、土の盛り上がりに至るまで、とにかく精密に描かれています。影の入り方やコントラストにも誇張がなく、とてもリアルです。まだカラーカメラがなかった頃に、よく光景をここまで正確にとらえて描けたものだと驚きました。

ちなみに作者のロザ・ボヌールは女性です。ここまで男性の画家ばかりだったので、ちょっと驚き。

6. クールベと写実主義

クールベは美術館の説明文にて、野心があり反抗的、鋭敏な感覚をもち、急進的と評されています。彼は20歳の時にパリに移り住み、写実主義を礼賛するようになります。クールベの作品は、主題も描き方も革新的で、ときにスキャンダルとなっていたそうです。

«Autoportrait de l'artiste», dit aussi «Désespoir»
L'Homme à la ceinture de cuir. Portrait de l'artiste
Gustave Courbet

クールベの作品では自画像2点が印象に残りました。左の肖像画は25歳の時に描いたもので、死ぬ時まで手元に保管していたそうです。すまし顔の肖像画が多いなかで、身振りも表情も大げさで「やべー!」って感じの本作品は異彩を放っていました。1873年には『自画像』というタイトルで展示に出したものの、その後スイスへの亡命を経て1877年にジュネーブで出展した際は『絶望』のタイトルに変更されました。晩年のクールベの辛い境遇が想われます。

右の『自画像(革のベルトの男)』は澄ました表情とポーズなのですが、ちゃんと『絶望』と同一人物なのが面白いです。でもやっぱり、『絶望』のほうが人物が生き生きと描かれていて好きかなー。

※左の肖像画は4.写実主義の部屋に展示されていました。

7. クールベ『画家のアトリエ』

L'Atelier du peintre, Gustave Courbet

クールベの巨大な絵画、『画家のアトリエ』にあてられたスペースがありました。「写実主義」の名の通り現実を写し取っているのかと思ったら、どうも様子がおかしいのです。絵画の左側には骸骨があったり、見るからにみすぼらしい人がいたり、現実離れしています。それもそのはず、この絵には寓意が込められていて、右側には学者や愛好家など芸術を取り巻く人々が、左側には貧しさや搾取する人、される人などが描かれているそうです。大きな絵画で、細部まで意味が込められているので、見ごたえのある作品でした。

本作はパリ万博に出展されるはずでしたが、受け取りを拒否されてしまいます。そこでクールベは自費で会場を用意し、本作のための展覧会を開催したそうです。反骨精神溢れる生き方ですね!

つづく