ルーヴル美術館にて期間限定で開催されていたダヴィッド展へ足を運びました。ジャック・ルイ・ダヴィッド(Jacques-Louis David)はフランス革命期に活躍した画家で、『球戯場の誓い』『マラーの死』、ナポレオンの戴冠式やアルプス越えの場面を描いたことで広く知られています。上記の絵は、誰しもが一度は世界史の教科書で目にしたことがあるはず!
2025年はダヴィッドの死後200年目にあたるため、彼の重要な作品を多く所蔵するルーヴル美術館にて、大規模な特別展を開催したとのことです。
いくつか印象に残った作品をご紹介します。
『球戯場の誓い』

フランス革命直前に三部会の第三身分の議員たちが集まり、憲法制定まで解散しないことを誓う場面です。世界史の授業で、フランス革命期の重大事件として習ったのを覚えています。
絵の中央で宣誓するバイイと熱狂する議員たちに目が行きますが、実は絵画の上部にも人が描かれています。左上では突風でカーテンがはためき騒々しい雰囲気、右上は対照的に落ち着いた雰囲気で将来の希望を表しているそうです。

『球技場の誓い』のプロトタイプも展示されていました。革命が進むにつれて革命賛成派の中でも穏健派と急進派の溝が深まり、この下書きで表現されている国家の意見統一は、もはや時代にそぐわなくなってしまいました。そのため、この絵は中途半端な状態で中断されてしまったそうです。下書きから一部だけ独立して精緻に描かれているのが面白いですね。
『マラーの死』

フランス革命関連の絵画として有名な『マラーの死』もダヴィドの作品です。マラーはフランス革命において急進派の指導者の一人でした。浴槽に浸かって仕事をしていたところ、シャルロット・コルデーという女性に胸を一突きされて暗殺されてしまいます。
ダヴィドはマラーら急進派に賛同していたため、マラーを革命における殉職者として理想化して描いています。手前の木箱に書かれた「 N'ayant pu me corrompre ils m'ont assassiné」は、「彼らは私を堕落させられず、暗殺した」という意味です。今まさに暗殺されたというのに、苦悶の表情ではなく、穏やかに微笑むような顔をしているのも、殉職者としてのイメージに基づいているのかもしません。
世界史の授業では、急進派(山岳派)は反対者をギロチンにかけまくる怖い一派というイメージだったので、聖人のようなイメージで描かれると頭が混乱します。当時も世界がひっくり返るような革命の真っ最中で、見る人の立場によって急進派のイメージも全く異なったのでしょうね。
『若きバラの死』

倒れている子供は、革命を支えるべく共和制の軍隊に入隊し、王党派の反乱にて殺害されたわずか13歳の少年です。半開きの目と口は少し悲しげで、志半ばで散った無念が滲む表情が切ないです。絵画の左端に小さく描かれているのが、おそらく少年を殺害した人物なのかもしれません。
革命急進派の筆頭ロベスピエールは、バラの死を革命に向けた団結の好機とみなします。かくしてバラは人々の愛国心を盛り上げるべく担ぎ上げられることとなります。少女と見間違うくらいあどけない顔つきや、なぜか裸で横たわっている様子は、彼を革命における哀れな殉職者として印象付けるための創作なのかもしれません。
亡くなった実在少年を美化して政治的プロパガンダに利用するのって、現代を生きる私の感覚ではドン引きだし、今ならネットで大炎上しそうです。当時は革命のために利用できるものは何でも利用するという覚悟が決まっていたのでしょうが…。ロベスピエールのみならず、この絵を描いたダヴィッドの革命にかける思いも伝わってくるようです。
『サビニの女たち』

建国当初のローマには女性が少なかったため、ローマは国家存続のためサビニ人の女性を略奪してしまいます。女性たちがローマ人の妻として子を産んだころ、サビニ人たちが女性を取り返しに戦争を仕掛けてきます。女性たちにとっては父と夫との戦争になってしまうので、身を挺して戦争を止めようとしているドラマチックな場面です。
武器を携えた戦士の間に堂々と立つ白い服の女性(ローマ建国者ロムルスの妻、ヘルシリア)に目が行きますが、その足元に同じくらい覚悟を決めた顔をしている赤ちゃんがいます。「戦争やめなさいよ!」とこちらに向かって説いてくるようです。ヘルシリアの左側では、赤ちゃんを抱えた女性が戦士の足にしがみついて必死に止めていたり、かと思えば緑の服の女性の足元では赤ちゃんがあどけなく指を咥えていたり、人物一人一人リアクションが異なるのも面白いです。黄色い女性は赤ちゃんを高く掲げていますが、危ないのでやめた方がいいと思います。
ロベスピエールの失脚に伴ってダヴィッドは投獄されてしまい、獄中にてこの絵の着想を得たそうです。フランス革命の激動の後で、彼はこの絵を通して和解と国家の団結を呼びかけていたのかもしれません。
『サン・ベルナール峠を越えるボナパルト』

いっときは政治の世界から遠ざかったダヴィッドでしたが、ナポレオンの登場とともに再び政治権力と結びつくようになっていきます。ナポレオンのカリスマに魅せられたダヴィッドは彼の肖像画を描き、ナポレオンも彼を首席画家として重宝しました。
アルプス越えの絵画ではナポレオンを新しい若き英雄として描くことを重視しており、必ずしも現実通りの描写ではないそうです。ポール・ドラロッシュという画家が同じ場面を描いた絵では、衣装が地味で馬もお疲れで、覇気が感じられません。ダヴィッドの絵が英雄としてのナポレオンをどれだけの人に印象付けたかと考えると、絵画の持つ力を感じます。
『書斎のナポレオン』

ナポレオンが皇帝に就任した後に描かれた絵画です。ロウソクが燃え尽きようとしている様子から、彼が夜遅くまでひたむきに働いていたことがうかがえます。胸の勲章や家具のデイテールは、ナポレオンの偉大さを象徴しているそうです。
が、お腹のぽっちゃり具合や生え際が気になってしまって、私にはどうしてもアルプス越えのナポレオンのほうがカッコよく見えてしまうのでした。
『アモルとプシュケ』


個人的に印象に残ったのが『アモルとプシュケ』です。右側のジェロームによる作品は見たことがありました。女性(プシュケ)には男性(アモル)が見えていないのですが、たしかにアモルの存在を感じているようです。パステル調の優しい色合いや、プシュケの頭の上を飛ぶモンシロチョウが春の訪れを感じさせる、とても清らかな雰囲気の絵です。
それに比べて左側のダヴィッドの作品ときたら、同じテーマで描いているのに、とてもいかがわしいです。こちらを向いてニヤッと笑うアモルの顔が、遊びまわっている大学生か??という感じで、なんだかムカつきます。
私は絶対ジェロームの作品のほうが好き!!でも、ダヴィッドの作品も印象に残ったのは間違いない。
これだけの作品が一堂に会するのは、さすがルーヴル美術館ですね。パリ滞在中に企画展にも足を運べてよかったです。